2020.09.02
有田焼と
ーレの歴史

Miele Dishwashers Stories 和食器と食器洗い機のある暮らし

食の時間を楽しむために欠かせない食器。
特に日本は独自の美意識によりサイズや種類、仕上げも豊富に揃います。
日本ならではの器文化と、食器洗い機を通じて
食の時間を支える私たちのことを、ご紹介します。

より豊かな食の時間を支えたい Miele食器洗い機に
こめられた想い

ヨーロッパ初の発売から約1世紀、よりよい製品を追求

Immer Besser「常により良いものを)」ー私たち《ミーレ》はこの言葉を企業理念に掲げ、常に最良の提案を続けてきました。
洗濯機、掃除機、食器洗い機、調理機器といった家庭用機器の提案は、住まいの〈より豊かな時間〉を支えるものです。
なかでも人々にとって、食事をともに楽しむ時間は掛け替えのない大切なもの。ミーレの製品はこうした時間のためにあるといっても過言ではありません。私たちが初めて食器洗い機を発売したのは1929年です。
ヨーロッパでも初の食器洗い機は、人々を食器の手洗いから開放する画期的なものでした。
それから一世紀近くにわたり、洗浄力や利便性の向上、全自動化、省エネルギー化などの改良を続け、より良い製品を目指し続けています。

今までも、これからもより豊かな食の時間を支えたい

電力や水を効率的に使い、カトラリーやグラス、さまざまな形状の食器、鍋などをスムーズに美しく洗うこと。
こうした進化は、人々の時間を大切にしたいと目指すなかで育まれました。
特に日本は他の国と比べ、食器のサイズ、種類、仕上げも豊富に揃います。それは日本独自に発展した美意識と豊かな食の時間を支えるものです。
ミーレもまた、食器洗い機を通じてみなさまの食の時間を支えたいと願っています。

独自の美意識により多様に
発展した日本の食器文化

食の時間を楽しむために欠かせない食器。
粘土から形をなし、焼成して器を作る陶器は、人類における最も古い技術の一つであり、芸術です。
なかでも日本は、陶磁器をはじめとする〈やきもの〉を文化的に愛でてきた国。
その歴史は縄文土器まで遡り、平安時代末期には実用器として大量生産を始めます。
やがて室町時代後期には〈茶の湯〉の美意識で芸術的な存在にまで高められ、その意識は現代を生きる私たちにも息づきます。

江戸時代初期、九州の有田で朝鮮半島の陶工の技術をもとに日本初の磁器が作られるようになります。中国景徳鎮の青花磁器や色絵技法に学んだ有田の〈やきもの〉は、ミーレが生まれたドイツのマイセンにも大きな影響を与えました。

時代とともに多様な表現を生む有田焼は、いまも日本の食卓を彩る大切な存在です。こうした日本の和食器はこれまで、食器洗い機が苦手とする分野だと思われていました。しかしミーレの食器洗い機は、いくつかのポイントを注意することで多くの和食器を洗い上げることができます。

有田焼とは

日本には〈やきもの〉の生産地が各地に点在します。
そのなかで有田は、日本初の磁器の産地として独自の文化を歩んできました。
17世紀初頭、有田にやってきた朝鮮人陶工の初代李参平らが陶石を発見したことで磁器の製造が始まります。
その初期に作られた〈初期伊万里〉は素地が厚く、染付のみと素朴なものでしたが、初代酒井田柿右衛門が色絵と呼ばれる上絵付けに成功すると多彩色へ表現の幅を広げていきました。
そうした変化を受け有田焼はオランダの東インド会社により東南アジアやヨーロッパの国々へと輸出を開始。
海外での評価とともに様式も多様化、豊かな表現が花開いていきます。

有田焼には歴史に育まれた多様性があります。染付に始まり、初代柿右衛門が赤を基調とした色絵(赤絵)を生み出し、時代の変化とともに多種多様な陶磁器を製造してきました。
こうして現在も、私たちの暮らしに身近な食器を作り続けています。

主な表現手法

白磁

地肌の白さを生かし、透明の釉薬をかけて焼成した白い磁器

染付

藍色に発色する絵の具〈呉須〉で釉薬の下に絵付けをした磁器

色絵

焼き上げた素地の釉薬の上に赤、黄、緑、紫、金、銀などのやきもの用絵の具で絵付けした磁器